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はろーみなさま、お元気ですか。

いかがお過ごしですか。 

風邪は引かれておりませんか。

わたしはそこそこ元気です。

昨日は都内某所にある美島さんのスタジオで、

久方振りのバンドミーティング。

鍵盤の網守さん、ギターの永井さん、ベースの鈴木さん、ドラムの大井さん、そしてサウンドP兼ライブPの片寄さん。美島さんのスタジオですから勿論美島さんも。

わたしたちはまだ出会って日は浅いけれど、わたしにとってとても大切な方々なんだと、会うとしみじみ思うのでした。

網守さんと出会ってからあと少しで一年。

まだ一年なんだ!と思うような過密度。

ライブのたのしさを 本質を教えてくれたのがバンドメンバーのみんなですよ。

勿論今までのどれもがかけがえのない大切な時間だったけれど、去年生演奏を体感して、わあ、と

脳や心を射抜く光線が走るようなときめきを感じました。

ライブ中はステージというみなさんより少し高いところに立ってはいますが、距離がちかい!物理的な距離ではなく心の近さ。

みんなで一緒に楽しみたいな、というわたしの気持ちと、楽しそうにしてくださるみなさんの この 心地よさは かけがえもなく、

独り占めしてはいけないと思うような尊さなので、しっかりと届けるべく誠心誠意祈りを声にします。

ツアーはもうすぐ。リハも重ねていきます。

バンドメンバー達と過ごす音楽の時間を楽しみに、そして何よりみなさんとの音楽を楽しみにしております。 

昨日の集まりの時にみんなでこないだアップロードしたCinderella stepのLive映像を観ていたのですが、

いや〜〜良い曲だなーー名曲感が半端ない とか、笑いあえたのすごい楽しかったな。真面目な話し合いの合間にしっかりとふざけたり。みんな優しくておちゃめで、カッコよくて、だいすきだー。

明日、専門学校HALさんの未来創造展2020に出演するために前乗りで大阪へ向かっている最中です。

若い方々(わたしは今年23になってしまうけれど含まれているとしよう….)を応援したいなと最近思います。応援といいますか、一緒に頑張りましょうねと思う。

もういいよって思うほど耳にしてきたであろう”若い人が未来を創る”というのは、嘘でなく、知識と経験は栄養として若いうちにどんどん吸収したほうがお得というか…損はしないっ。

わたしもまだまだまだまだまだまだまだまだ未熟者だけれど(目指せポケモンマスター)それでも14から音楽をはじめて、ティーンの内にたくさんの音楽に触れて色んな人に会って話せたことが、やっと今、実になってきた。

時間はかかるとしても、なんでも気が向けられる対象のものはやってみた方がよいと思います。若いと呼ばれる内は。

傷ついても傷の治りがはやいし(細胞の再生もはやいって誰かが言ってた)、強くなっていく(慣れていく)。

ショッキングな出来事があっても、

大抵のことは、「いんや、あの時のが辛かったし….」と思えようになるもので。

その成長が果たして成長と呼べるのか疑問に思いながらも、できることが少しずつ広がっていくよろこびはあります。

何故疑問を抱くかというと、十代ならではの新芽のような柔らかく傷つきやすい感受性はものづくりにおいてとても価値のあるものだと思うからです。

いつだってこどもの眼で世界を見ていたい。

こどもはしらないことがたくさん だから全部が色彩鮮やかで刺激的。

おとなになるにつれ、臆病になっていっているような気がします。

新陳代謝を繰り返すうちに、年輪を増していくようなイメージなのかなあ。

瘡蓋を無理矢理剥がして痛がったりするのが結局好きだったわけで、瘡蓋って言ってるくらいだから死にはせんのですが。

そんな事を考えているとわたしはまだ本当の辛い経験をまだしてないのかもしれない、とおもう。

しなくて済むならしたくないけど、身内や大切な人が死んだり、そういう経験はまだしていないから。

想像しただけで泣けたりもする。

体験したことないことは、やっぱりわからない。

当時14歳だったわたしも、それまでずっと 音楽ではなく絵で生きていこうと思っていた訳で、

でも結果自分を表現して作品にすることが好きだったと気づき、続けていけばいくほど打ちのめされる音楽の底知れぬ楽しさと、とんでもなく素敵な人に次々と出会っていく中で、

自分にしかできないことが見えてきて、でもそれを体現するには時間と努力が必要であり、自由に動かせるまでが大変ですね。

小学生のとき、習字で”努力”と書く授業の日になんかいやだとなんとなく思ってしまい、何故か未だに使うことに若干の抵抗があるのですが

「できる限りの力を使い切りました!!!これで駄目でもわたしはやったったんや、やりました!!!燃え尽きましたワハハ」

と言える程身を費やすことができた日に、自分はただの天邪鬼だったんだなと確信。

そう思えたのが最近のことだったので、一度振り切れてしまえば、謂わば”振り切れ慣れ”をしていくものなのかなと思ってきたところです。どんどん挑戦できるようになってきた。

特に表現に於いては振り切れれば振り切れたものほどカッコイー!と思ってしまう。ただ、それは届け手のことを喜ばせたいという気持ちがちゃんと伝わる方法で表現している方に限るけれど。

よく耳にするホスピタリテイ….

わたしが好きな表現者のみなさまに共通してることだなーと。椎名林檎さん、岡村靖幸さん、平沢進さんなどなど… 其々方向性は勿論違えど、その人にしかできないことが確かに…ある!

わたしもわたしにしかできないことをやるんだ今年は。

最近70年〜80年代の歌謡曲をよく聴いているのですが、歌詞がすーごい良い曲がたくさんある。

その時代にしか書けない歌詞がありますよね。

男女の価値観も違うなと感じるし、でも今と纏う香りは違えど共感する言葉はたくさんあって面白い。

父と山本リンダさんの“狙いうち”を車で聴いてた時に父が「凄まじい高度成長期感」と言うワードを出して、確かにぃ〜と思いました。

時代性を狙って作ってたのかなと想像するけど、

ここまで強い女感を表現しきられると(ご本人も超絶美貌だし)清々しいし、

こんな人も居たんかしらねぇ〜と感心してしまうのでした。

イントロもカッコイー。 

共感できる歌詞の曲は宝物になるけれど、共感できなかったとしてもその表現が素晴らしい場合、色んな人が居ることを知る。人類の多様性っ。十人十色っ。

歌詞って書き手の自分なりの哲学なのではないでしょうか。

わたしはそうです、正しくそう。ふぃろそふぃあー

必ず人それぞれその人だけの哲学がある訳で、わたしはそれを聴きたい。

みんないい人だって思いたい。

世間のニュースをみてるとそんなことないのかなと思い知らされるけど。

それでもどんな人でもうつくしいものが生み出せる可能性を秘めていると信じたい。

音楽や表現が好きなのはそんな理由もあるのかもしれない。絶望がない。

わたしにとって音楽は、いつだって遠くに見える光であるし、目の前を照らす手燭である。

色々書きつらねた。

久しぶりに喋るように….

普段散り散りに浮かぶ思惑が、書いていくと繋がっていくから言語化するのは頭の整理におすすめですね。

ここまで読んでくれた方ありがとう。

平仮名多いのは平仮名がすきだからですっ。

やさしいかんじがするでしょう。まろい感じ。

読みづらかったらごめんなさい。

わたしは普段ふざけるのが好きだけど、公でふざけるものではない が!

たまにふざけたブログを投稿するかも しないかも。

今回のブログは、真面目に書いてたら色々書きたくなって取り留めのないかんじになってしまった。

たまには許してちょんまげ….

Sweet Williamさんと青葉市子さんの「あまねき」にとても心震えた。前作の「からかひ」もずぅと聴いていたけれど、お二人のコラボレイト、周波数きもちよいなあ。日向ぼっこしてるみたいだー。お昼すぎ 窓をあけて 揺れるカーテン 木のつくえ 陽だまり… あったかい曲!みなさんもぜひ マイナスいおーん(^ ^)

さようなら、また会いましょう。すぐ!