七月十八日

投稿日:

お久しぶりです。

ダヲコです。

渋谷WWWXで開催される「DAOKO 2019 “気づき” LIVE – Enlightening my world」、日付が変わって明日ですね。

ライブのプロデューサーにGREAT3の片寄明人さんを迎え、鍵盤&リアレンジに網守将平さん 、ギターは永井聖一さんと共に演奏いたします。

今回のライブは2月に恵比寿KATAで開催した写真家の馬場真海さんとの作品展”DAOKO × SHINKAI BABA 気づき EXHIBITION『Enlightening my world』”の延長線上でもあります。

個展会場ではじめてのアコースティックライブもやったのですが、生演奏に声をのせていくのが新鮮で、お客さんとの距離もぐっと近くに感じられて、

今迄のライブとはまた違う音楽のたのしさがそこにはありました。

たしかに 今この瞬間この場所で一緒に生きている という感覚が 忘れられません。

まさしくliveというか、お客さんと音と共にグルーヴしている という あの体感は 尊かった。

私は 自分の紡いだ”言葉”に関しては 自分のできる表現のなかでも特に信じられるなあと思っていて、

その言葉たちを伝えていく為に必要な”声”も大切にしていきたいと思い、

今回のライブは生演奏でやってみたいと片寄さんにご相談したところ、網守さんと永井さんのお名前が上がり、念願叶って実現することとなりました。

網守さんとはYMOトリビュートイベント“Yellow Magic Children ~40年後のYMOの遺伝子~ “で出会いました。彼の音楽を知って、大好きに。

繊細に構築されているのに生々しい人間らしさみたいなものが音に現れていて、彼にしかできない音楽を生み出している人だなあと。

音作りもとっても気持ちよくてずっと聴いていられる。

今まで私が触れてこなかった音楽の要素もたくさん織り込まれていて 発見もいっぱい!

網守さんには今回演奏するすべての曲のアレンジをして頂きました。

原曲の良さも私の色も大切にしてくれていて 愛のあるアレンジで でもちゃんと網守さんらしさもあって …

凄いー!と片寄さんとスタッフとデモの時点でキャッキャしてました。

ああなんて器用な人なんだろうと思うけれど、音楽に魂を込めて作っているんだなあと 実際に会ってお話したり演奏する中で、感じました。

音楽本気でやってる人はみんなそうなのだとおもうけど、

色んな人と会った中でも網守さんはすごく音楽に寄り添って生きてきた人なんだと 勝手にだけど、思いました。

感覚で音楽をやってきた私とは全く違って、

ぜんぶが勉強になるし頭も上がらない程なのですが 、一緒にバンドをやっていると 楽しくて仕方がありません!

ギターの永井聖一さんも、やっぱり素晴らしくて。

相対性理論との出会いは中学生の時で、ニコニコ動画に動画を投稿していた頃に やくしまるえつこさんみたいな声だねというコメントを見て、

実際聴いてみたらどんハマりしてしまい ライブも行っていたし 弾き語りで練習したり 青春を共に過ごした音楽なので もうなんというか こんなことになるとは 前世で徳でもつんだんだろうか という気持ちになりますが 音楽のなかにいると不思議と皆対等にかんじられるものですね。

皆音楽の大先輩なのでこんなこと思うのも失礼なのかなとも思うけれど…。

音楽すきでよかったー!続けててよかったー!生きててよかったー!報われつづけている。

自分自身を切り取って“作品”と表現するのが音楽な訳ですから、音楽にはそれぞれの人となりが現れるものだなあと 永井さんのギタープレイを聴いて実際にお話してみたりして思いました。

カッコいいしやさしい音! 

私みたいなものに本気で向き合ってくれるひとを心から愛しく思います。

音楽でお返ししないと!といきごむ。

今回の試みで、あたらしいことに挑戦するこわさも思い知ることになりましたが、

それ以上にはじめましての自分と 生演奏でしか生まれないグルーヴと出会えることへの期待が上回っていたりして。

来てくれたみなさんはどんな気持ちになるかなあ たのしいかな 嬉しいかな かなしいかな と ぐるぐる考えます。

誰も想像できなかったライブになると思います、でもきっと 救いになるような 時間と思い出を お届けできると思うんです。

メンバーとリハーサルを重ね、昨日ゲネプロがあり最終音合わせで、三人がひとつの音楽になれた時に、本当に感動しました。 心が震えました。

ここにお客さんが実際に居たらもっと大きな感動になっていたんだろうなと楽しみになりました。

生演奏は自由がきくぶん、自由さ故の戸惑いや難しさも勿論ありますが、私 こんな声や歌い方があったんだーと 気づきがたくさんあります。

今までやってこなかった曲たちをあらためて歌ってみると 私の歌に私は救われてきているんだと 歌いながら思うんです。 

自分を救えない音楽では誰も救えないと、今は強くおもっています。

自分を救った音楽がどれだけの人に届くかをあらためて試していきたいです。

今回の選曲は主に、私がライブでやってみたかった曲たちです。

自分本位なのかもしれないけれど、アコースティックな編成に合う曲たちを選びました。

写真:馬場真海

たのしみ!

当日は会場で個展の時の写真数点と、私の絵たちをみれるようにする予定です。

グッズもあたらしいものが何点かありますので、是非チェックをば!

今回は普段着として着れるデザインを意識しました。

男女共にかわいーのでは、とおもってます。

それと、

夜頃に諸々だいじなお知らせがあります。

なにとぞ、よろしくお願いします。  

明日会える方は、また明日!

空模様

投稿日:

朝と夜の境界線はみなそれぞれとおもいますが、

わたしは明るくなったらあさです。

真っ黒な夜(東京の空はグレイに近いけれど)からすこし青くなっていって よるになって 水色から黄色くなっていくと あさ すっかり白くなると朝。

夜ーよるーあさー朝

暗くてこわくて、もやもやして、ぐるぐるしてしまいがちな夜。あー、一週間に一度くらいでいいのにな、と思ったりもするけど、夜がないと人は人で居られない気もし。

よるがとけて あさになっていく時間がすきです。

やっと微睡んできて、明日を迎える準備をする。

日が昇るのがはやくなってきて、うれしいなあ。

さいきんは、起きている間は窓を開けていて、

風が部屋を翔けていくのが気持ち良い。

下校中のこどもたちの声や、タイヤと地面が出会う音。自転車はちゃらららーと走る。

とか

部屋という箱の中で、外の世界があると教えてくれるのが窓ですね。

そろそろ東京を出て旅がしたい。

水平線と波の音。田んぼと山々。デザイノイド。

定期的に青と緑を取り込まないと。

渋谷の空がなくなっていく様を見ているとなぜだか息が詰まるようなきもち。

それが悪いとか 良いとかそう言う話ではなく、

わたしはニョキニョキ生えていくビルがすこしこわい。

「工事って、いつ終わるんだろうねえ。」

道路工事現場を横目に見ながら呟いた友人の言葉が頭に木霊する。

みなさんどんな気持ちでお過ごしですか。

すてきに生きましょうね。

通り雨

投稿日:

飛雨が過ぎて、初夏の陽気。

重たいコートが要らなくなって、

身軽な服装で出歩けるもんだから最近はよく歩っています。

五月ってこんなに清々しい気候だったんだと、毎日外へ出る度に嬉しいきもち。

てくてく歩くのが好き。

スタスタじゃなくて。

一時間も歩っていると、自然と足が進んでいく。

歩っているというより進んでいるというような感覚。

歩けば何かと出会える。

何方からか流れてきた玉葱を炒めている匂いを嗅いで、今日の晩ご飯のことを考えたり。

見たことのない花を写真に撮って後で調べたり。

良い感じの喫茶店を見つけて今度本を読みに行こうと思ったり。

イヤフォンから流れてくる曲の歌詞と、

目の前に広がっている景色、そこに漂う空気からぽろぽろと言葉が浮かんでくる。

ふたりで歩けば思い出の地図が作れる。

ひらめきの とっておきの一節を、たくさん集めておかないと すぐ消えてしまう 何処かへ。

それらをノートやメモに残して 宝物にするんです。

そこから歌詞や絵が生まれていく。創造の素。

先日行った伊豆高原と伊東と熱海の旅でも、たくさん歩いた。

歩くと脳と心により深く刻まれる気がします。

伊豆高原のシャボテン公園は、動物達がすぐそばにいて触れたり(大丈夫かな?と思うくらいちかい)、広大な土地を清々しい気持ちで観てまわれるのでおすすめです。

動物達の種類も多いし。

かわいらしいサボテンをお土産に買えるし。

幼少期家族で行ったようなのだけど、すっかり忘れてました。

梅雨入り前最後の晴れ間となるかもしれません(>人<;)と、さっきニュースのおねえさんが言ってました。

雨はお散歩し辛くてかなしい。傘を差すのが苦手なんです、すぐ無くしてしまうし。

でも信号機の三色が反射した濡れているアスファルトと、水滴がついた紫陽花と、湿ったすこしちべたい空気を吸い込むのはすき。

雨の良さもたくさんあるけれど、お家で絵を描いたりゲームしたり本読んだりひたすらに言葉を綴ったりしたいな。

充電が捗る時期とかんがえるようにしよう。

お家遊びのレパートリーを増やします。

お菓子作りとか。あとなんだろう…いいのあったら教えてくださいな。

ライヴ情報もツイッターなどで発表させていただいておりますが、一先ずはたくさんのご応募ありがとうございました。

またライヴについては別で記事を書こうかなと思っております。久々のライヴ、お互いドキドキですね。ひたすらにたのしみです。最高な夜にしましょう。 

それではまた!あでぃおす

オレンジ

投稿日:

久しぶりに都内を出た。

湘南新宿ラインにガタゴト揺られて一時間半。

詩をiPhoneのメモに残してる内に寝てしまっていた。

目を開けたら降りる駅の手前の駅で、

慌てて立ち上がり、開ボタンを押した。

少し陽が落ち橙色のフィルターが掛かった駅に降りた瞬間吸い込んだ空気で目が覚めた。

美味しい、のかどうかわからないけれど、

山や川の匂い。草木の匂い。

私は自然の匂いがすきだ。景色もすき。

二ヶ月前に来た時は綺麗に刈られて乾いた土だけだった田んぼも、水が溜められ青々としたイネの苗が揃って植えられていた。

夕日が反射した水田を助手席から眺めていた。

腰を曲げて苗を植えている農家のひともちらほら。

明日お米を食べるときには、あの風景を思い出そう。

麦畑は黄金に輝いて風にそよいでいた。ひたすらに美しかった。ナウシカを思い出すような。

国道にある水色の橋の下に流れる川に行った。

大きな石も小さな石も角が削れてまあるくなっているのが、かわいらしかった。

水切りをやってみたのだけど、ちゃぽんと飛沫が飛ぶだけで全然跳ねていかない。

経験不足ですね、今年はたくさん川遊びがしたいな。

ちゃらちゃら 水が流れていた。

さらさらというより ちゃらちゃら。

そしてきらきらしていた。

石の間にてんとう虫を見つけたと思ったのだが、どうやらテントウムシダマシという種類らしい。

どちらにしてもかわいいから指に乗せたかったんよ。

大きな池にも行った。

随分陽が沈んで柿色に染まりつつある池のほとりで寝っ転がって空を見た。

首の長い鳥が二羽西から東へ飛んで行った。

じゃれあう兄弟のようにも、夫婦のようにもみえた。

池の鯉に向かって手を叩くと、口をパクパクさせて此方へ来るのが楽しくて餌を持ち合わせてないのに何回も手を叩いたバチが当たったのか、カメラケースを池に落とした。

急いで救出したのだけれど、悪戯に面白がったりしてはいけないなと思った。

鯉が水面に上がって沈む動作をするたびに広がる波紋をじっとみてるだけで、すうーと心が安らいだよ。

夜になると蛙が それはもう何百匹(それくらい居るであろうと思う程の音量だった)と一斉に鳴き出したので、ええーこんなボリュームふつうなのー?と驚いた。

求愛してるんだよ、と教えてもらい、お盛んなのですね などという会話をした。

今も夜通し叫ぶように鳴いている。

星が数え切れないくらい見えるの、すごく嬉しい。

今日はちょうど半月くらいでしたね。

目があまり良く無いので本当はもっと見えるはずなのだろうけど、それでも東京の空を眺めてきた私からしたら贅沢なくらいなんです。

一ヶ月に一度は今日みたいに自然で過ごしたいなと思います。

時間がゆっくり感じられて、目と耳が喜ぶ感じがする。

東京は遊べるところがたくさんあってたのしいですが、

たまに目も心も曇りそうになるのはなんでだろ。

調整するために定期的に自然へ遊びに来るんでしょうね。

都会が羨ましい方からしたらなんじゃそらと思われそうな話ですが….。

ないものねだりで片付けたくはないんですよ。

今日は日記然とした日記でしたね。

マイナスイオン取り込めてはっぴーな、だをでした。

よいゆめを!


25℃

投稿日:

おはようございます。

快晴できもちのよいあさです。

最近ぐっとあたたかくなって、過ごしやすいですよね。

身軽にお出掛けできるのは嬉しい。

ゴールデンウィークですね、大型連休!

私はいつも通りなので、普段と変わらず過ごしておりますが皆さん旅行など行かれましたか。

両親は福島へ旅行に行ったそうです。

お土産に漆の小物入れを買ってきてくれました。かわええ~

ちゃぶ台に合う伝統工芸品たち

休日の街はお休みの人のものでよいなあと思うので、最近は家で過ごすことが多いな。

ひとりだと絵を描いたり物書きしたり。

読まれ待機本が数冊あるので公園でお昼ご飯食べたあと、すこし散歩して、昼過ぎくらいから静かな喫茶で本を読みたい。

昨日は通り雨が去っていったあと、前の晩に仕込んでいたビーフシチューを煮込んで食べた。

料理も上手になりたいよ。

通り雨のあと

意識してみると、常に焦っている。

何かしなきゃ みたいな漠然とした焦り。

だから時間があるときは、インプットかアウトプットをしようとする。

インプットは、音楽聴いたり本読んだり 情報を取り込んで今の心の向きを確認したり妄想や想像すること。

アウトプットは、詩を書いたり歌ったり絵を描いたりすること。

この貯蓄と放出のバランスで自己が成り立っているんだと思います。

自分以外の人が見てくれたり聴いてくれたりするという前提がないとアウトプットするよろこびも減ってしまうんだろな。

自分の価値を感じたいんでしょう。

ひとりでは見出せないから。

あとはまっつぐに音楽も絵も言葉もだいすきということ。

いつも生きる意味を教えてくれてありがとう皆さん、ほんとにそう思う。

振り返ると頭の中は自分のことばかり考えていますが、自分はどんな人間かということをたくさん考えていると、他人との関わり方もわかってきたり。

自分という中央の点から外に向かって数多の線が他人という点に繋がっていくかんじ。

自分のしょうもなさに気づくと他人を尊敬しやすいし優しさを感じやすくなる。ゆるせることがふえる。

でもこんな感じでずっと居ると疲れてしまうので、

“何もしない”をたのしみたいと思うようになってきました。

プーさんの映画で出てきたような話だけんど。

青の上をするする流れていく雲や、

風に揺れる枝たちを眺めているときは頭が静かで新鮮です。

あと子どもと遊んだり。お酒をのみながらスマブラしたり。

それらは何かしてるんだけど、むずかしくない。

いちばんかんたんなことをする時間は大切ですね。

なんでも、情報量が少ないほうが向いているやうな気がするわ。

最近は気ままに暮らせる瞬間がたくさんあってたのしい。

令和すでによいかんじぃ。

今は表立つことがあまりない時期ですが、

準備ちうなのでもうすこしだけお待ちください。

いつも待たせてごめんなさいね…。

まだ皆さんの見えないところで動いております。

はやくいっしょに救いあいたいですね。

いろいろを、おたのしみに!

お散歩時に遭遇したゴイサギの幼鳥 ホシゴイ 都内では珍しいそうな この後池の金魚を捕らえてました

帰路回想

投稿日:

深夜のファミレスから自宅まで自転車で二十分弱

高校生ぶりにチャリンコで中距離移動

風を切る感覚 すこしティーンに戻る

人影は見当たらない 駆けてく中 猫が数匹

暗闇にひかる白猫はゆっくりとこちらを見た

人と共に寝静まった街 等間隔コンビニのリズム

光に吸い寄せられる虫の如く 車輪を止め 眺める

人の気配 少し安心してまたペダルを漕ぐ

早く帰りたかった 夜も遅いし

何より 夜がこわいし

電波塔の下にはおばけが集まるらしい

小学生の頃の記憶ってそんなのばっかりだ

ナイトクルージングを口遊みながらひたすらに漕ぐ

進めど進めど 仄暗い街灯とコインパーキングの空の文字

知っている道は工事中につき行き止まり

迂回せざるを得ない 必死に漕いで来たということ

いつまでもおおきな夜の帳から抜け出せない焦燥感からじとりとした汗が額に垂れる

わたしは夜が苦手なんだった 

ひとりだと 外にほっぽりだされたこどものきもち

こんなに世界は広かったんだと 薄墨色の空をみておもった 途端になぜだかさみしくなった 月もぼやけてみえないし

お家に帰ってもひとりだけど 

灯りがある テレビを点けたら誰かさんと会える 

再びわたしはわたしのお家めがけて自転車を漕いだ

見慣れた川もぬらぬらとしていてこわかった

選挙ポスターが並んだ大きな板でさえ顔が沢山あるのが気味が悪く感じて誰とも目を合わさないようにしながら坂をのぼった 

あとすこし 脚に力を込める 

やっと着いたマイスイートホーム 

いつもより静かでグレイだった

ドアが閉まる音 なぜか蒸し暑い玄関 

まだこの部屋の匂いでは安堵できない

お風呂にあついお湯をためている間 

ポストに定期投函される小さな花束をわけ 四瓶の花瓶に挿していく 丁寧に 

その内の二瓶は益子で作った益子焼きの一輪挿し

お気に入りなので特にかわいい花を選ぶ 

普段通りの生活をしていたらいつの間にか色に囲まれていた 

朝の予感がする 

新しいページのめくれる音がする

夜があったから 

卯月

投稿日:

ずいぶんあたたかくなったね

お散歩日和がつづきますね 

磨り硝子から覗くお日様をぼうっとみていた

こんな気持ちは知っている

いつだったか 忘れちゃったけど

窓の隙間からはいりこむ 外の世界の音

遠い遠いところからやってきた音が身体にぺたぺたとはりつく昼下がり 意味もなく雑然とした心内

頭の中で何人かの私がずっと喋ってる

五月蝿くても 止め方がわからないから

言葉に助けてもらう

形にすることでひとりでいられる

ようし ようし いいこいいこ

言葉だって撫でられる

春のあたたかさで大概のものはふやけてしまっているのだろう

「永遠がないなんて 永遠があるって信じてたのに」

弱った友人から溢れた言葉をふとおもいだす

 ないもんはない 死ぬんだもんだって人って

いつ死ぬかわかんないんだもん 

永遠がないから楽しいことを楽しいと認識できたり

丁寧に生きようとしたり 必死になったりする訳だけど

なんで永遠を求めてしまうのだろう? 特に愛とか 

考えれば考えるほど 夜の空の向こう側が脳裏に浮かぶよ

最高な瞬間だけは 永遠を感じたりする

音楽を聴いて心震えたとき

好きな人と抱きしめあっているとき

涙が出るほど笑っているとき

心のバイヴレーションが最高潮に達したときだけ

その瞬間だけが いちばん永遠に近いような気がする

手には入らないもの 心にも収まりきらないきもち

答えのないものの居心地の良さともどかしさ

愛しているみんな長生きしておくれ 

音楽

投稿日:

外出時は必ず音楽と一緒です。

思えば、中学生の頃からずっとです。

細心の注意を払ってはいるものの、忘れてしまったり道中落としてしまったりしてしまうことがあります。

そういう時は大型電気店に走り、代用品をゲットするのだけれど。

音楽が鳴っている世界のほうが好きだなあ。

自分って誰なんだろう?誰っていうか何なのだろう?

…という気持ちによくなるのですが、

音楽を聴いている時は音楽でしかない、というか、

音の波で自我が形づくられているような。

心(或いは脳味噌)の蕊は音というか。なんというか。

コンパスの針の部分のような…言葉で説明しようとするとちとむずかしい。

とにかく音楽がだいすきだなあと毎日おもうんですよ。

いつだって都合のいい関係ですし。

今のわたしが最低限のわたしを保つためには音楽が必要なんでしょうね。

つくりだす側でもありますが、いつでも誰かのつくりだす世界のファンでいたいです。

ライブやクラブで踊っているとき、生きてる実感がするし生きててよかったなあとおもえる。

ライブとクラブでも、”踊る”という感覚が違ったり。

ライブは生モノ感がつよい。ピッチピチ。

演者と御客さんの生命力にとりこまれる感じだけど、クラブはマッサージ行く感覚に近いような気がする。

うわーこのマッサージ師さんめちゃくちゃ指圧上手〜最高です。みたいなね…。

ジャンルにも寄るような気はするけど、特にわたしはあまりジャンルで音楽を聴いてこなかったから心の向くままに言ってはおりますが。

音色によって頭に浮かぶ色が変わったり形が変わったりするの面白いですよね。

歪んだ音だったらジャギジャギなかたち。

やさしい音だったら和紙に水彩絵の具を垂らしたようなかんじ。

電子的な音だったら基板や波形を連想したり。

眼前に広がる景色を鮮やかにしてくれるからすき。

心がときめいて動いてるのがわかるのがすき。

もうきみなしじゃ生きていけないよー

音楽をつくってるひとありがとう 聴いてくれるひとありがとう

ちなみに今はSALESを聴いています。

やっっっさしい。

はるはやて

投稿日:

びゅうびゅうと風が吹いている

窓の揺れはこころを急かしてくるようだ

焦燥感 春疾風(はるはやて)

加圧に通う目黒駅周辺はいつにも増して強風で

帽子を深くかぶっていても手でおさえないと飛ばされてしまいそうだった

強い風は苦手だな 山の手線は苦手だな 苦手なことを考えている時間は勿体ない 理由なんて考える必要もない

今日は朝から瞼が重たい 序でに身体も重たい

伴って心も重たいような気がする

目にとりこまれるすべての輪郭がぼやけて見える日

だからってどうもしない 心に引っかかることはいつも通りひとつずつ丁寧につぶしていけばいいんだ

遅れてしまった返信や 考えなきゃいけない生業のこと…など いつも意識の何処かには石ころが転がっている 

磨けば光るのに みているだけじゃ異物のまま 

部屋が変わって 環境が変わって わたしはどう変わっていけるのだろうか 

たのしいことを百パーセントたのしめない日はかなしい 

今日はすこし調子が悪いだけ あと数時間後には涙が出るほど笑っているかもしれないし 

今は慣れない部屋でびゅうびゅうガタガタ揺れている窓がなんかちょっと嫌なだけなんだ

なんか嫌だなあをなんか嫌だなあのまま私の周りをふわふわ浮かばせておくのはなんか嫌だなあ 

きれいごとが基本的にはすきなんですけどね

嬉しいこと楽しいことの次は悲しい虚しいことってそんなんもう飽きたし なんだかんだこんな気持ちも恋しかったんだとおもんます この日記だって私にとっては創作 創作のたまご

今夜はだいすきなスタイリスト飯嶋久美子さんと鶯谷へお出かけなので オサレする準備をしなくちや いってきまーぷ✾


絵を描くこと 心模様を可視化すること

令和

投稿日:

わたしはあした 部屋を移る 

たのしい変化を予感している

あたたかい場所にするねとじぶんに約束をしている

明日は引っ越しです(とはいえあと数時間で積み込みがはじまりますが)。流石に前日は最終鬼の荷造り地獄、たいへんですね。段ボール組み立ててはガムテープをちぎり、中へ自分のかけらを放り込む作業。全部わたしに必要なものなんだっていうかこれらすべてがわたしなのだから!というつよいきもち(断捨離むいてないのかな)

すっからかんになってより一層無機質になったクローゼットや本棚がただそこにあり、埃っぽいフローリングの上に並べられた段ボール、合成樹脂の匂いがするリビング。積み重なった箱たちの中身はわたしの一部なのに途端に素っ気ない。生活感の面影を探すがここにはない。数日中の思い出だけが空気中に漂っている。冷凍庫の中にはもしかしたら少し

….と書いているうちに寝てしまっていたんですよ。(現在新居にて荷解き終了午前4時頃)

感傷にひどく浸ってみたかったものの、呆気なく力尽きてしまっていました。冷凍庫の中には何があったんでしょうね。何となく言いたいことはわかるぞ現実と夢の狭間のわたし。起きたら約束の時間丁度でしたし(たまたま皆さん遅れててちょうどよいかんじだったのでよかった)最近あまり寝坊もしなくなったところだったのに、不思議なもんですね!単に荷造りによるHP消耗が半端無かっただけかもしれないですけど。多分そうなんですけど。でもやっぱり引っ越し前日にしかない独特な雰囲気ときもちはありますね。部屋での記憶が走馬灯のようにあたまにうつしだされたり、新しい扉を開ける前の期待感で胸が高鳴ったり荷造りの煩わしさで胸がざわつきますよね。今回は楽しみな方がつよかったから新鮮だったな。

今日は雨予報だったのに朝は快晴で、雨女もそろそろ卒業かと思ったのに夕方すこし降りましたね。春の天気は変わりやすいようで。引っ越しのほうは手伝ってくれた方々のおかげで無事終わることができ、今の今までは荷物を処理するマシーンと化していました。

今回の引っ越しではじめて自覚したことがあります。服が多すぎる…正気の沙汰ではない、と。

しかも私は私物管理が激しくて、自分の家にある持ち物の場所は全て把握していたくなっちゃうので、うわーこの量管理してる自分どうしたどうしたと、はっとしましたね。いやでもこれには理由がありまして、毎日コスプレのような感覚で服を着てるので、今日はこんなキャラクターにしよう!とかやってると、365人分の服が必要なんですよ。だからなんですね~ なんつってね~ 

話を戻すと、引っ越しですね。引っ越し。

桜も見頃で四月は心機一転新生活な方も多いと思いますが、わたしも同じ気持ちですよー。常に不安は胸のあたりにまとわりつきますが、生業である音楽の方でも動きがみえたり、新しい出会いがあったりと、拓けたかんじがあり、今年の春は春らしい春です。

みなさんに青々とした芽吹きが訪れますやうに!

3.31 片寄さんご家族とランチのちお花見ショット

そして新しい元号が発表されましたねえ。大半の気持ちがどうでもいいなで占領されてる気になってましたが11:30ちかくになると、ふつうにソワソワしてきて、運転してたのですが助手席の方に今何時?とか食い気味にきいちゃったりして、全然めちゃくちゃ気になってますやーん!!となりました。 丁度新居に荷物を運びだしたくらいのタイミングで発表となり、少しの時差のあと人伝てにきいたんですよ。「えーもう発表されちゃうよどうする?!」「れいわ、レイワ。」「えっもう発表されたのえなんて?」とスピード感のある返しに加えききなれなすぎる言葉に脳内が一瞬にしてハテナマークで埋め尽くされましたが、漢字を見せて貰って、「え….かっけえ….」となりました。いやなんかふつーにかっこいいんですけどうけるー!って感じですね。なんというか、90年代少年漫画感?いや違うかもしれないんですけど、とにかくなんかかっこええからヨシ!万葉集ちゃんと読み返そうという気になりましたし。

知るタイミングは若干ぬるっとしてしまいましたが、令和元年もわたしなりに誠心誠意音をたのしんでまいりたいとおもいますので、何卒よろしくお願いいたします!

追記:令和って五月からなんですねツイートしてからきづいちゃった 気づきエンライトニングマイワールド めっちゃ恥ずかしいです ごめんなさいね

馬場真海さんと旧居にて記念撮影(絵作業中につき机の上は散乱状態)